幸せは“目標達成”の先にはなかった|20代のうちに知ってよかったウェルビーイング思考

キャリア

私たちは、「良い大学に入れば幸せになれる」「理想の仕事に就けば満足できる」といったように、目標を達成すれば幸せになれると信じがちです。確かに、長年追い求めた目標をクリアした瞬間には大きな喜びがあります。しかしその幸福感は驚くほど一時的なものかもしれません。達成の興奮が冷めた後、私たちはまた次の目標を探し始め、ゴールにたどり着いたはずなのに「本当に求めていた幸せはこれだろうか?」と疑問を感じることもあります。実際、心理学の研究でも「目標を達成すればずっと幸せになれる」という前提には疑問が投げかけられています​。

ここでは、目標達成による幸福感の限界と、20代のうちに知っておきたい持続的な幸福(ウェルビーイング)を築く思考法について、科学的エビデンスをもとに考えてみましょう。

目標達成による幸福感の限界を示す研究

「いついつになれば幸せ」という考え方は、心理学者タル・ベンシャハーによって「到着の幻想(アライバル・ファラシー)」とも呼ばれています​。目標を達成した直後こそ幸福感が高まりますが、そのポジティブな感情の効果は長続きしない傾向があります​。

私たちは将来の出来事による感情変化を予測する際に、良いことが起きたときの喜びの強さや持続期間を過大評価する「インパクト・バイアス」という認知の偏りを持つことが知られています​。例えば、ハーバード大学の研究では、若手教授たちが「テニュア(終身在職権)を得られれば長期的に幸せになれる」と予測していましたが、いざ数年後に幸福度を測定してみると、テニュアを得た人も得られなかった人も幸福度に有意な差はなかったという結果が報告されています​

また、有名な研究では宝くじの高額当選者でさえ当選後に長期的な幸福度が隣人と比べて高くなったわけではなく、むしろ日常のちょっとした楽しみから得られる喜びが低下する傾向すら見られました​。

これらのデータは、「何か大きな目標を達成すれば永続的な幸せが手に入る」という考えが幻想である可能性を示しています。私たちは成功の瞬間を追い求めがちですが、それだけでは人生全体の幸福感(ウェルビーイング)を満たせないのです。

持続的な幸福を築くウェルビーイング思考の要素

では、目標達成の先にないとすれば、持続的な幸福(ウェルビーイング)はどのように築けば良いのでしょうか?近年のポジティブ心理学や幸福学の研究から、目標の結果よりもプロセスや内面的な要素に目を向ける「ウェルビーイング思考」の大切さが提唱されています。その中でも特に重要だとされるいくつかの要素と、その有効性を裏付けるエビデンスを見てみましょう。

マインドフルネス(今この瞬間への集中): 忙しい現代では、未来の目標や過去の後悔にとらわれて現在を味わう余裕がなくなりがちです。マインドフルネスは、呼吸や感覚に意識を向け「今ここ」に心を落ち着ける習慣です。研究によれば、1日わずか10分のマインドフルネス瞑想を1ヶ月続けるだけでも、幸福度(ウェルビーイング)の指標が有意に向上し、うつや不安が軽減されたと報告されています​。この効果は実験後も持続し、ストレス対処や睡眠の質の改善にもつながったとのことです​。日々の中で立ち止まり、五感や感情をありのまま感じる時間を持つことで、瞬間瞬間の充実感が高まり、幸せを「先送り」しない心の余裕が生まれます。

自己受容(ありのままの自分を受け入れること): 他人と自分を比較し「もっと◯◯できれば…」と自分を責めてしまうと、どれだけ目標を達成しても満たされにくくなります。自己受容とは、欠点も含めて自分をあるがまま認める姿勢です。5,000人を対象にしたある調査では、日頃から自分に対して親切で「これで十分だ」と思える自己受容の習慣こそが人生への満足度と最も強く結びつくことが示されました​。しかし皮肉なことに、この自己受容は参加者が最も実践できていない習慣でもあったのです​。研究者は「社会が成功や他者との比較を過剰に求めることで、多くの人が幸福感より不安を感じている。ありのままの自分を受け入れることを学べば、より幸せになれる」と指摘しています。自分を受け入れることは、失敗や未熟さも含めて自己成長を温かく見守る土台となり、長期的な心の安定と満足感につながります。

つながり(良好な人間関係): 周囲との人間関係は、幸福感にとって欠かせない要素です。ハーバード大学が約80年にわたり成人を追跡調査した有名な研究では、「親しい人との良好な関係」が人生の幸福と健康を支える最大の要因であることが明らかになりました​。この研究によれば、愛情ある人間関係を持つ人はそうでない人に比べて長生きで幸福度も高く、孤独は喫煙やアルコール乱用に匹敵するほど健康に悪影響を及ぼすとされています​。友人や家族と過ごす時間、悩みを語り合えるコミュニティへの参加など、「誰かとのつながり」は困難に立ち向かう力にもなり、人生の喜びを倍増させます。ただしSNSの「いいね!」の数ではなく、実際に心の支えとなる深いつながりを築くことが重要です。

人生の意味・目的(Purpose / Meaning): 単なる快楽やその場の幸福だけでなく、「自分は何のために生きているのか」という人生の意味もウェルビーイングには深く関わります。心理学者エド・ディーナーなどの研究者は、充実した人生には「意味的な幸福(エウダイモニア)」が欠かせないと説いてきました。それを裏付けるように、近年の研究では明確な人生の目的を持っている人ほど健康で長生きする傾向が示されています​。例えば2022年のある大規模研究では、人生に強い目的意識を持つ人たちは、8年間の追跡期間で死亡リスクが有意に低かった(目的意識が最も高い群の死亡率15.2%、低い群では36.5%)と報告されています​。これは、人生の困難にぶつかったときにも指針となる「軸」がある人は心身のストレスが軽減され、より良い選択を積み重ねやすいためと考えられます。20代は将来への不安もありますが、小さくても自分なりのやりがいや大切にしたい価値観を見つけることで、目先の成功に振り回されない芯のある幸福感を培うことができます。

20代のうちにウェルビーイング思考を知る意義と実践法

人生の早い段階でウェルビーイング思考を身につけることには、大きなメリットがあります。20代はキャリアや人間関係で試行錯誤する時期ですが、この時期に「目標を追うことだけが幸せではない」と理解しておくことで、目標設定と心の健康のバランスを取る力が養われます。

例えば、仕事で成功することと同じくらい、心身のケアや人とのつながりを大事にする習慣を若いうちから持っていれば、将来的に燃え尽き症候群や人間関係の孤立に陥りにくくなるでしょう。また、自分の価値観に沿った目標を選ぶことができるようになるため、周囲に流されて後悔する可能性も減ります。20代は自己形成の重要な時期です。この時期にウェルビーイングの視点を持てば、30代以降の困難にも柔軟に対処できるレジリエンス(心理的回復力)の土台となります。

では具体的に、日常でどのようにウェルビーイング思考を実践できるでしょうか?以下に簡単に始められるヒントをいくつか紹介します。

「今ここ」に感謝する: 毎日の中で良かったことを3つ書き出す感謝日記は、幸福度を高める手法として有名です。寝る前に今日嬉しかった出来事や出会いを振り返りましょう。小さなことに感謝する習慣が、未来の目標に追われすぎず現在の幸せを味わう助けになります。

マインドフルな習慣を持つ: 朝起きて1分間、深呼吸に集中してみる、通勤中に景色や周囲の音に注意を向けてみる、といった簡単なマインドフルネスから始めてみましょう。スマホから離れる「デジタルデトックス」の時間を作るのも効果的です。

人との時間を予定に入れる: 忙しいときこそ意識的に友人や家族との時間を確保しましょう。「また今度」と後回しにせず、月に一度は会って近況を語り合う機会を作るなど、人間関係に投資することが大切です。それがストレス解消にもなり、自分の存在価値を感じる機会にもなります。

自分をいたわるセルフケア: 頑張った自分にご褒美をあげたり、失敗したときに「大丈夫、誰にでも失敗はあるよ」と自分に声をかけたりするなど、他人にするような優しさを自分にも向けましょう。心が落ち込んだときには無理に自分を奮い立たせるより、十分な休息や気分転換を許すことも自己受容の実践です。

これらは一例ですが、ポイントは「目標に向かうこと」と「今この瞬間の幸せを感じること」を両立させる習慣を持つことです。長期的な目標があるから成長もできますし、日々の幸福感があるからこそ前向きに頑張れます。20代の今、ぜひ自分なりのウェルビーイング習慣を模索してみてください。

まとめ:目標も大事、でも「今」をおろそかにしない

目標に向かって努力すること自体は、決して悪いことではありません。それは人生に達成感や成長をもたらし、時には幸福感のスパイスにもなります。しかし、「目標を達成すればその先ずっと幸せになれる」という誤解にとらわれると、現在の自分の幸せを見失ってしまいかねません。幸福学の研究が示すように、真の幸せ(ウェルビーイング)は達成の先ではなく、日々のプロセスや人との関わり、自分の心の持ち方の中にあります。20代という人生の土台を築く時期に、このことを理解しておく意義は計り知れません。目標に向かって走りつつも、時々立ち止まって深呼吸し、いまこの瞬間の小さな幸せに目を向けてみましょう。そうすることで、将来どんな結果になっても後悔しない、ぶれない軸のある幸せを育むことができるはずです。​​

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